中里融司 なかざと ゆうじ
1957年(昭和32年)2月4日、東京都杉並区生れ。
私立武蔵大学経済学部に入学。2年のときに、武蔵大学漫画研究会(ムサシマン)を旗揚げ。
大学卒業後、ときわ相互銀行(現・東日本銀行)に入行。8年間勤務するが、体調を崩し退社。白泉社の『コミコミ』最終号に広告が掲載されていた漫画オーディションに32ページの「怨霊艦隊」を応募する。
編集者から「話は面白いけれど、絵は下手。原作者になりなさい」と言われる。オーディションは特設された『原作特別賞』を受賞。その後、アニマルハウスに近石雅史・作画で『鬼十郎妖戦録 怨霊艦隊』が掲載され、原作者としてデビューする。
アニマルハウスが休刊となり、ヤングアニマルになると次第に『原作者』が使われなくなったため、小説へ転向しようと考え、1994年(平成6年)学研の『歴史群像大賞』と、メディアワークスの『電撃ゲーム小説大賞』に、戦国仮想戦記とファンタジーで、それぞれ応募する。学研では『坂東武陣侠』が優秀賞、メディアワークスでは、『冒険商人アムラフィ ダゴンの紋章』が銀賞を受賞し、小説家デビューを果たす。
私が、最初に読んだ中里作品は、学研M文庫から2001年10月に刊行された『寛永妖星淨瑠璃』であるが、正子公也のカバーイラストには驚かされた。時代小説のコーナーでは非常に目立っていた。2003年12月に光文社時代小説文庫から刊行された『同行屋稼業 斬剣 冥府の旅』に至っては、コミックだと間違えるようなカバー(藤田香)に、手を伸ばすのを躊躇ったほどであった。文庫のカバーのデザインや図柄が、どのようなプロセスを経て決定されるのかは知らないのだけれど、中里氏の経歴を知るにいたって、成程と納得してしまい、作品が刊行されるのを待つようになってしまった。
今年、2009年1月にコスミック時代文庫から『いくさ人 春風兵庫―無双の槍』が刊行された後、4月に予定されていたハルキ時代小説文庫からの作品が、出ないままになり気にしていたところ、6月18日に亡くなられたとの報をネット上で発見。最後まで驚かされてしまった。
慎んで、ご冥福をお祈りいたします。

