泡坂妻夫 あわさかつまお
1933年(昭和8年)5月9日、東京・神田鍛冶町の紋章上絵師(呉服に家紋を書き入れる職人)の家に三代目として生れる。本名は厚川昌男(あつかわまさお)。
“あわさかつまを”は、“あつかわまさお”のアナグラムである。紋章上絵師であり、作家であり、マジシャンである。
都立九段高校卒業後、稼業を継ぎ三代目になるはずが、太平洋戦争のため疎開、終戦後も紋章の仕事がなく、サラリーマンとなる。5年程で会社が倒産、家業を手伝うようになる。
1968年(昭和43年)、アマチュア奇術師として、石田天海賞を受賞。
1976年(昭和51年)、初の小説「DL2号機事件」が推理小説専門誌「幻影城」の新人賞佳作に入選し、43歳で作家デビュー。趣味のマジックをもとにしたトリックや謎解きを主題にしたミステリー小説や、職人の誇りを描いた時代小説などを発表した。
1978年(昭和53年)、「乱れからくり」で日本推理作家協会賞受賞、第79回直木賞候補となり、1990年(平成2年)に「蔭桔梗」で第103回直木賞を受賞。
2009年(平成21年)2月3日午後6時36分、急性大動脈乖離(かいり)のため都内のの病院で亡くなる。75歳。
合掌



